iPS 細胞由来の心筋球による心臓移植に代わる難治性重症心不全治療法を目指して

遠山周吾先生
慶應義塾大学 医学部 循環器内科
Heartseed株式会社 研究開発顧問

(取材日 :2021 年 3 月)

遠山周吾先生

遠山 周吾 先生

~ゼロからスタートした製造プロセス実用化への取り組みが、ここまで来た

研究の背景

ヒトiPS 細胞を使って高品質の心筋細胞を培養し、重症の心臓病患者に移植する臨床研究の実現を図る。
これを、(1)ヒトiPS 細胞の量産→(2)分化心筋細胞の大量作製→(3)分化心筋細胞の純化精製→(4)分化心筋細胞の移植、という安全かつ有効な細胞移植治療を実現するための複数の工程に切り分け、次のような各ステップの特有の課題を解決することにより実現する。

(1) では培養液が高価なため、ヒトiPS 細胞を増殖させる安価な手法の開発が課題
(2) では患者一人当たりに必要な数億個の分化心筋細胞を、一度に安定して大量に作製する手法の確立が課題
(3) では心臓再生医療の実用化に必要な、数億個の心筋細胞を効率よく選別する新たな手法の開発が課題。再生医療の実現化において最も重要なステップ
(4)単一細胞の移植が一般であったが生着効率はわずか数%であり、生着効率を高める移植方法の開発が課題

再生医療具現化の課題と解決法(クリックして拡大)

2020 年に慶應大学から発表された臨床研究「難治性重症心不全患者を対象とした同種iPS 細胞由来再生心筋球移植の安全性試験」は、どのようなものですか?

遠山先生のこれまでの研究とその意義について、教えてください。

難治性重症心不全の患者さんを対象に、主要な目的としてiPS 細胞から作製した移植用の再生心筋細胞および移植方法の安全性を、また副次的な目的としてそれらの難治性重症心不全治療における有効性を確認します。
具体的には、京都大学iPS 細胞研究所(CiRA)でストックされているHLA ハプロタイプホモのiPS 細胞から心筋細胞を作製し、HLA が一致した重症心不全の患者さんに移植、安全性を評価します。
移植細胞は、あらかじめCiRA から提供を受けた医療用iPS 細胞から、慶應義塾大学において移植用心筋細胞を作製し、凍結ストックとして保存しておいたものを使用します。

私は、ヒトiPS 細胞を使って高品質の心筋細胞を培養し、それを重症の心臓病患者さんに移植する臨床研究へと繋げるための研究をしています。

具体的には再生医療における有用な細胞源であるヒトiPS 細胞に関して、
(1)ヒトiPS細胞の量産
(2)分化心筋細胞の大量作製
(3)分化心筋細胞の純化精製
(4)分化心筋細胞の移植、
という複数の工程を経ることで、安全かつ有効な細胞移植治療を実現するというものです。
特に③は、移植において最も重要なステップです。私はヒトiPS 細胞が誕生した翌年の2008 年からヒトiPS 細胞を用いた研究をスタートしましたが、心筋細胞を作製しても約10%しか心筋細胞にならず、90% は他の細胞でした。

これらは腫瘍となってしまうので、とても心臓内に移植できません。また、それまで私たちはFACS (Fluorescence-activated cell sorting)という細胞を1 つずつ分離する手法で心筋細胞を純化精製する方法を開発してきましたが、心臓再生医療の実用化を見据えると、数億個の心筋細胞をスピーディに効率よく選別する新たな手法の創出が必要でした。

そこで発想を転換し、未分化幹細胞を除去し心筋細胞のみが生き残る培養液が作製できないかと考えました。培養液の作製には細胞内外の代謝を理解することが重要なので、心筋細胞と心筋以外の細胞の代謝の解析を行いました。結果、分化後に残存する未分化幹細胞や心筋以外の細胞の主なエネルギー源はグルコースであること、グルコース枯渇時にはグルタミンを利用し生存すること、心筋細胞はグルコースやグルタミンがなくても乳酸があれば生存できることがわかりました。

その結果、培養液を変えるだけで純度99%以上、腫瘍化リスクのある未分化幹細胞の残存率は0.001%未満まで制御することが可能となりました。また、最近の研究結果で、腫瘍化の原因となる未分化幹細胞は、細胞内で脂肪酸を大量に産生しているということを見出し、脂肪酸合成を行う酵素を阻害する薬であるオルリスタットをふりかけることで、腫瘍化の原因となる細胞を簡便に除去できることを報告しました。この方法を用いると、心臓領域以外でも腫瘍化の原因となる未分化幹細胞を除去することが可能になると考えています。

これらの研究成果をさらに発展させ、様々な企業と連携することにより全ての培養工程において臨床グレードの培養液・足場材を用いて、無菌的に安全性の高い移植心筋細胞を製造することにも成功しています。

研究室の様子

先生の研究とノバ製品の関わりはどのようなものですか?

細胞の代謝を解析する際には、細胞内の代謝と細胞外の代謝を評価することが重要です。
細胞内の代謝は、詳細な代謝機構を解析するには不可欠ですが、結果に時間がかかってしまいます。一方で、細胞外代謝は、細胞が生きた状態のままで代謝を簡便に評価することができるため、非常に有用です。研究の進め方としても、まず先に細胞外代謝に注目して予測を立て、その後に細胞内代謝を詳細に調べる、という順番が効率的です。

ノバ製品では、グルコースやグルタミン、乳酸といった、細胞の生存や増殖に最も重要な要素の評価ができます。また、pO2、pCO2 を測定できることも利点であり、大量の分化心筋細胞の作製を目的とした強制通気システムを用いた培養方法において役立ってきました。

ヒトiPS 細胞から心筋細胞を大量生産・精製するまでの一連の製造ステップの中では、これらのパラメーターをダイナミックに違えた培養液・培養環境を使います。それぞれのステップで、ヒト多能性幹細胞の状態や分化過程での代謝変化が想定どおりの範囲内で問題なく進んでいるかを評価、あるいは、それらを踏まえてのインプットコントロールなど、品質評価でも有用だと考えています。現時点までの研究では安価・簡易型のマニュアルベースの装置Prime でも可能ですが、今後、ヒトPS 細胞から心筋細胞の大量製造が事業フェーズに進む際には、製造ラインでの品質管理が重要です。その段階では、データ処理やサンプリングも自動化できるBio Profile FLEX2 は適していると思います。

細胞培養液分析装置BioPrime

ノバ製品はどれをどのような分野に推薦できますか?

「再生医療に限らず、創薬研究まで」

現在、再生医療に限らず、創薬研究のための心筋細胞作製もしています。
ノバ製品を使用して、創薬研究で用いる心筋細胞がいつもと同じ品質かどうかを、細胞外代謝から評価することが可能です。また、がん領域ではiPS 細胞の臨床応用が進んできています。
細胞を用いた治療では、細胞の状態を判断する際に最も簡便に、いつもと同等の細胞ができているかどうかを評価するこ とが重要です。このように細胞を用いた治療での品質管理にはどの分野でも、ノバ製品の培養液解析が利用できると考えます。

BioProfile FLEX2

遠山先生の今後のビジョン、思いを教えてください。

私たちは、ヒトiPS 細胞から作った心筋細胞を補充するという、安全性と有効性を兼ね備えたこの新たな治療法を、重症心不全の患者さんに対する新たな標準的治療法として定着させることを目指しています。
その際、細胞の性能を向上させ、ヒトiPS 細胞を用いた心臓再生医療を発展させていきたい。
その道のりにおいては、基礎研究による細胞の理解が、非常に重要な鍵になると確信しています。

また、従来の新薬開発における心毒性評価には、カリウム電流阻害作用試験が行われていますが、ヒト心筋細胞を用いた手法ではないため、数百億円かけて開発した新薬が心毒性の副作用により販売中止となることも少なくありません。ヒトiPS 細胞から作製した心筋細胞ならば、本来のヒト心筋細胞が担っている役割を代替してくれるのではと予想しており、この課題にも取り組んでいきたいと考えています。

さらに、次世代の再生医療あるいは創薬研究発展のための技術開発として、培養皿の中で大人の心臓における心筋組織あるいは心臓の臓器そのものを作製することも視野に入れています。

新しい技術が臨床応用に至るには多くのハードルがあり、一人の研究者、1 つの研究グループで乗り越えるには限界があります。産学の多くの方々の協力の下、こだわりを持ち長年研究を継続することで、ようやく達成の可能性が見えてきました。日本には素晴らしい技術やアイデアを持った多くの研究者がいます。その方々と積極的に交流を図り、お互いの得意な技術を出し合うことが大切です。それがより良い医療の提供、日本の医学研究の発展に繋がることでしょう。私自身も様々な人との出会いやコミュニケーションを大切に しながら研究に邁進して参ります。
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